八甲田山 死の彷徨
新田次郎 著 新潮文庫 ISBN 9784101122144
☆☆☆☆
日露戦争前夜、厳寒の八甲田山中で過酷な人体実験が強いられた。神田大尉が率いる青森5聯隊は雪中で進退を協議しているとき、大隊長が突然“前進”の命令を下し、指揮系統の混乱から、ついには199名の死者を出す。少数精鋭の徳島大尉が率いる弘前31聯隊は210余キロ、11日間にわたる全行程を完全に踏破する。両隊を対比して、自然と人間の闘いを迫真の筆で描く長編小説。 (文庫解説より)
私がこの遭難事故について初めて知ったのは映画の「八甲田山」を見てから。見たのがだいぶ以前なので内容の詳細は忘れてしまっているのですが、神田大尉の「天は我々をみはなした!」のセリフだけは、ず~と記憶に残っていました。
今回もコンビニで何となく手にして購入したこの作品は、読みはじめたら最後、弘前31連隊と青森5連隊と、想像を絶する様な過酷な雪中行軍を共にする事になります。
きたる日露戦争に備え、寒地での戦いに備えるために行われた厳冬期の八甲田山行軍は、前述の二つの連隊同士を競わせるかたちでスタートする。先行でスタートした弘前徳島隊は総勢38名の小隊編成。地元の案内人をたのみ、過酷な行軍を見事に成功させる。
少し遅れてスタートした青森神田隊は、神田大尉の意見がことごとく却下され、総勢210名の中隊編成。参加者に雪中行軍の知識を伝授する間もなかった上、山田大隊長が教育係として参加する事になってしまう。平民出身の神田大尉は、ことごとく口を出してくる山田大隊長に逆らうことができず、地元案内人への依頼も却下された上、やがては完全に指揮権を奪われてしまう。冬山の知識を持たない山田大隊長の指揮のもと、青森5連隊は、悲劇的な運命をたどる事になる。
指揮をとる者が無能だとどういう事になるかが痛いほどわかる作品です。道に迷い、次から次へと雪の中へ倒れていく兵士達。中には発狂してしまうものもいる。手が凍りつき動かせない中、失禁をしてしまうと、そこからたちまち凍りつき即、死につながる恐怖。運悪くも記録史上最も強烈な寒冷前線に遭遇してしまった事も、悲劇に拍車をかける。とにかく凄まじいので、是非一読していただきたい名作です。
この事件を詳しく調査し、こんなに読み応えのある小説に仕上げた新田次郎の筆力には脱帽です。
印象的で心に残っているシーンは、同じく寒冷前線に遭遇していた弘前隊を、一人の女性がガイドする場面。男性は出稼ぎに出ていて全員不在だったために選ばれた女性。風雪地獄の様な道を、彼女は、笑いながら案内していく。(他の者達は死に物狂い)この地獄の様な世界から必ず脱出できると、隊の全員が彼女の存在を心の支えにして耐え抜くシーン。ガイドの女性は、雪の精の様だ。このシーンを読んでも、地元ガイドの重要性がわかる。
結局、青森神田隊は199名の死者を出す。最も過酷な状況にあった兵卒156名のうちの5人の生存者は、全員雪山体験者であった。
この事件を機に、今までいい加減でなかなか善処されることのなかった軍部の寒冷地への対策がおおはばに前進したらしい。この事件があった事で、日露戦争に勝利する事が出来たのならば、亡くなった兵士達も多少はうかばれるだろうか・・。
冬の八甲田山全貌。白一色の世界。本の中にあった「美しい山ほど恐ろしい」という言葉が思い出されました。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 映画遺産200 外国映画篇(2009.12.13)
- 映画遺産200 日本映画篇(2009.12.09)
- 文鳥・夢十夜(2009.11.15)
- 黒澤明という時代 - そして現在の映画評論に思うこと(2009.09.28)
- フラナリー・オコナー全短篇集(2009.10.25)

コメント
ごみつさんの記事を拝見しただけで、手に汗握り…読んでみたくてたまらなくなりました♪ 最近はコンビニでも、こういう本を置いているのですね。
「八甲田山」の映画は、TVCMで何度も放映されて鮮明に記憶に残っていますが、なにしろ夢見る少女時代?でしたから、とても見る気にはならなかったんです。どうしてわざわざ厳寒の冬山に?と解せなかったのですが、これは軍の大いなる訓練、実験だったのですね。
新田次郎さんは、数学者で「国家の品格」の藤原正彦さんのお父様ですよね。
投稿: セレンディピティ | 2009年6月22日 (月) 10時46分
ごみつさん、こんにちは。
映画「八甲田山」を見て、原作、関連本を読みました。
その頃は登山などまったくやってなかったのですが、その時点で「八甲田山=怖い」とインプットされました。
おかげで、数年前、夏の八甲田山登山に誘われた時もパス…
若い頃の刷り込みはおそろしいものです。
投稿: kinkacho | 2009年6月22日 (月) 12時46分
セレンディピティ さん
今晩は。
今、通ってる病院内のコンビニで買ったんですよね~。入院患者のためでしょうが、けっこう文庫の品揃えが充実してるんですよ。
)
街中のコンビニでは売ってないと思います。(説明不足でしたね。
この本はお勧めです。私は「人間はアフリカを起源とする動物なのだから、こんな寒いところでは生きていけないのだ!」とか「人間が南極ペンギンなら良かったのに」とか思いながら読みました。最初から最後まで緊張しっぱなしの作品です。
事件の始末記にも考えさせられるところ大でしたよ。
投稿: ごみつ | 2009年6月22日 (月) 20時44分
Kinkacho さん
今晩は。
わかります!私がもし登山やってたとしても、八甲田山は断ると思う。
これ読んだあとじゃ、怖くって怖くって・・。
夏でも油断ならないぞ!って思いますよね。
「天に見放されたらどうするんだ!?」みたいな。
映画を再見したいんですが、レンタルショップにないみたいで。
投稿: ごみつ | 2009年6月22日 (月) 20時48分
こんにちわ( ^ω^ )
この本は確か母が持ってたような気がします
八甲田山=コワい話という恐怖心が皆さんのように
インプットされてました
お子様のころはこういった話が悲惨すぎて読めなかったです
最近やっとこういう本も読んでおきたいと思いました
投稿: ripple | 2009年6月23日 (火) 15時38分
寒いの苦手です。私が山岳部ではなくWV部だったのは、冬山登山が嫌だったからです。でも冬山は美しいです。死の恐怖と裏腹の美しさです。
ちなみに、初冬の山と残雪の山には登っています。でも、厳冬期の山は勘弁です。その季節は里山でほのぼのハイキングです。
TBさせていただきました。よろしくです。
投稿: ヌマンタ | 2009年6月23日 (火) 17時45分
Ripple さん
今晩は。
ホント、これ恐ろしいお話ですよ。
八甲田山、ホント恐山より怖いよ~。(´Д`;≡;´Д`)アワアワ
でも色々と考えさせてくれる作品でもありました。
読んで損のない作品だと思いますよ!
投稿: ごみつ | 2009年6月23日 (火) 23時50分
ヌマンタ さん
TB有難うございました。
ヌマンタさんも山でけっこう辛い目にあわれたんですね!
私も寒いには大の苦手なので、辛かった気持ちがよくわかりますよ~。(暑いのも苦手なんですけどね。笑)
今、「剣岳 点の記」って上映してるでしょ。私、これも見に行こうかな~、本も読もうかな~って思ってるところです。
投稿: ごみつ | 2009年6月23日 (火) 23時55分