フラナリー・オコナー全短篇集
フラナリー・オコナー著 ちくま文庫
上巻 ISBN 9784480425911
下巻 ISBN 9784480425928
☆☆☆☆
実はこの本は、まだ「三国志」を読んでいた夏頃から外出時に持ち歩いて、少しづつ読みすすめていたのですが、ようやく読了。
著者フラナリー・オコナー(1925~1964)は、難病(紅斑性狼瘡・膠原病の一種)に苦しみながら39歳で亡くなる。25歳で発病してから亡くなる直前まで、精力的に書き続けたアメリカの女流作家です。
~ その残酷なまでの筆力と冷徹な観察眼は、人間の奥底にある醜さと希望を描き出す。キリスト教精神を下敷きに簡潔な文体で書かれたその作品は、鮮烈なイメージとユーモアのまじった独特の世界をつくる。~ (文庫解説より)
ひとつ、ひとつの作品を、作家の魂がベールの様に覆い尽くしている。人間の存在の愚かしさとグロテスクさ。そしてその遥か先に訪れるのであろう魂の救済を描くために、彼女は一切の躊躇のない、時には残酷で、時には暴力的な描写をつらぬいています。
短篇集ではあるけれど、とても幾つも、幾つも、連続して読み続けられる様な作品ではないのです。
「三国志」の世界に思いを馳せていた私は、彼女の作品を読む度に、自分が生きていかねばならない現実社会の醜さの前に何度も連れ戻された。我に返ったかの様にキョロキョロとあたりを見回したくもなった。こういう世界を持っている作品こそが、真に文学作品と呼べるものなのではないだろうか・・と感じながら電車を降りる毎日が2ケ月ほど続いたのでした。
オコナーはアメリカ南部ジョージア州出身で、敬虔なカトリック教徒だった。描かれる題材は、すべて南部の土地であり、南部の人間達です。登場人物達は、キリスト教に呪縛され、その呪縛からのがれ様ともがくインテリ達も決してそれを許される事はない。
いつもながら、キリスト教の教えを肌身で理解できない日本人には、なかなか理解しずらい内容だとも思う。西洋人は、いつでもキリスト教を支えにし、かつ戦い続けている。この感覚が完全に理解できないと、本当はニーチェが発狂するまでに至る、神との戦いの過程も理解できないのだ。私はそれがとてももどかしい。
上巻は短篇集"A Good Man Is Hard To Find"(善人はなかなかいない)と初期の作品から構成。下巻は短篇集"Everything That Rises Must Converge"(すべて上昇するものは一点に集まる)と後期作品から構成されています。
ながらくなかなか(和訳では)読めない作家でしたが、今年、筑摩書房から文庫版が刊行になりました。ありがたい事です。![]()
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コメント
こんばんは。この本、私も読みたいと思っていたところです。ごみつさんも気になっていたんですね!
日経WOMANの「読んでおきたい本」に載っていました。
昨日の読売新聞に、高齢者の本離れについて記事がありました。60歳以上で50%以上の人が本を読まなくなったと答えているそうです。理由の1位は「時間がない」。どう思われますか?
ところで15日は楽しみにしてます
よろしくお願いします。
投稿: dumbo | 2009年10月26日 (月) 19時35分
Dumbo さん
こんばんは。
この本ね~、けっこう重たいよ。(-_-;)
ちょっと愕然としちゃう様なお話が多くて、息苦しいです。
でも時間かけてでも読む価値のある作品集だと思いますよ。
後書きにあったオコナーの言葉で、こんなのがあったよ。(記事に載せようかと思ったんだけど、長いのでやめたのですが)
「希望を持たない人びとが、小説を書くことはない。それどころか、そういう人は小説を読みもしない。希望を持たない人は、なにかを長く見つづけるようなことはしない。その勇気がないからだ。絶望に至る道とは、なんであれ経験を拒むことである。そして小説は、もちろん、経験する方法である。」
桐野夏生が、この文章の中から「絶望に至る道 云々」のフレーズを、「OUT」のエピローグに使用したって言ってました。
私も読売の記事見たよ。よくわかんないけど、きっともう何も経験したり、知識として取り入れたりしたくないんじゃないの?
世の中に氾濫してる情報で、疲れきってるのかもね。
あ、15日はホント楽しみです。よろしくお願いしま~す。
投稿: ごみつ | 2009年10月26日 (月) 22時46分
この作家を知りませんでしたが、読み応えのある本は大好きなので、手に取ってみようと思います。
キリスト教って、日本人が想像できないほど、西洋人の血肉となっているんでしょうね。(自分のこと棚に上げてますが)
投稿: 裂織 | 2009年10月27日 (火) 01時56分
フラナリー・オコナー、名前は聞いたことがありますが、内容をうかがうと結構重そうですね。
私、アメリカで最初に住んだのが南部だったので、南部には思い入れがあるんです。といっても当時はあまり実感がなくて、NYに住んでから南部が見えてきたという感じですが…。
あくまで私見ですが、日本のクリスチャンってストイックに努力しているように見えることがあります。自分の意志で信仰を選んだ人が多いからでしょうか。
アメリカ人(西洋人)にとってはキリスト教って空気のような存在で、特に都会の人は信仰に対してそっけなく振舞っていると感じることがありました。でもそれは逆に、それだけ自分の奥深くに信仰が根ざしているということなのでしょうね。
投稿: セレンディピティ | 2009年10月27日 (火) 11時43分
裂織 さん
こっちにもコメント有難う~。
この作品、舞台がアメリカ南部と南部の人たちばかりなので、ストーリーに入り込めるかどうかがネックだよね。
「土地と疎遠になった想像力は、すぐに理論の毒にやられる」っていう彼女の言葉があって、これが自身の生まれ育った南部とそこで暮らす人々を常に背景にしている理由なんだな~って納得できました。彼女には残された時間も少なかったしね。
でもものすごくずっしりとてごたえのある作品ばかりなんですよ。サクサクとは読めません。
オコーナーは小説の他にも、書簡集や、文学に関するエッセーもけっこう残しているみたいなので、裂織さんだとそっちの方が心に残りやすいかもね。
投稿: ごみつ | 2009年10月28日 (水) 00時14分
セレンディピティ さん
今晩は。
その土地で暮らさないと見えてこない事、逆に離れてみないと客観的に見えてこない事なんかもあるでしょうね・・。
きっと日本人的な感性が、私達の体中にしみついてしまっているのと同じ様に、西欧人にとっては、キリスト教が奥深くまで根付いていて、きっとそういう社会で生まれて育ってこないと、肌身では理解できない感覚なんだろうと思います。
それが知りたい!それが理解できると、色々な文学作品やら、芸術作品が深く理解できそうな気がして・・。
オコナーの作品、重たいですが、読んで良かったと思ってます。
投稿: ごみつ | 2009年10月28日 (水) 00時21分